国家権力者による歴史の改ざんは、権力者が変わるたびに行われると思われるが、歴史的事実を積み重ねることによって矛盾点があぶりだされ、正しい歴史観を持つ方向へと変更されていくべきだが、国民感情的に矛盾を承知しながらも受入れ、真実であるかのように
国家権力者による歴史改ざんが生じる背景には、政治的・社会的な理由とともに、国民がその改ざんを感情的に受け入れてしまう心理的・文化的メカニズムが複合的に働いています。以下、その主要な要因について考察します。
1. 集団アイデンティティとナショナル・ナラティブ
多くの国民は、自国の歴史や伝統を通じて形成される「国民としてのアイデンティティ」を重視します。国家権力者は、こうしたアイデンティティを強固にするために、ある種の統一的な歴史観(ナショナル・ナラティブ)を提示します。
- 安定感の提供: 国の歴史が一貫して語られることで、国民は安心感や帰属意識を得やすくなります。矛盾や複雑な事実が露呈すると、アイデンティティが揺らぐリスクがあるため、改ざんされた歴史観がむしろ心理的安定をもたらすのです。
- 社会的連帯: 改ざんされた歴史観が教育やメディアを通じて広く浸透すると、個々の認識が同調圧力のもとで統一され、たとえ矛盾があっても「これが我が国の正しい歴史だ」という共通認識が形成されます。
2. 認知的不協和と動機づけられた合理化
心理学の「認知的不協和理論」によれば、個人は自らの信念や価値観と矛盾する情報に直面すると、精神的な不快感を解消するために情報を選択的に解釈・合理化する傾向があります。
- 情報の選択的受容: 国民は、自身が既に持つ「正しいと信じる歴史観」と矛盾する情報を無視したり、都合の良い解釈に置き換えたりすることで、精神的な不協和を避けます。
- 動機づけられた合理化: 国家権力者が提示する公式な歴史観は、しばしば権威あるものとして提示されるため、多くの国民は「これが正しい」と無批判に受け入れる傾向が強くなります。これにより、たとえ後の史料の積み重ねで矛盾が指摘されたとしても、感情的な面では既に受け入れられたナラティブが変わりにくいのです。
3. 教育・メディアの役割と情報環境
国家権力者は、教育制度やメディアを通じて歴史観を形作る力を持っています。
- 教育制度の影響: 教科書や学校教育において、公式な歴史観が強調されることで、幼少期から国民はそのナラティブに親しみ、疑問を持ちにくくなります。これは、後に矛盾が指摘された場合でも「正しい歴史」として認識し続ける大きな要因となります。
- メディアとプロパガンダ: マスメディアやプロパガンダ手法により、国家が意図する歴史観が反復的に強調されると、たとえ客観的な矛盾があっても、そのナラティブが真実として定着してしまいます。情報の偏在や、権力者による情報統制が、国民の知識形成に大きな影響を与えます。
4. 集団記憶と歴史の再構築
歴史は一度書かれた後も、後世の研究や新たな史料の発見によって「再構築」される性質があります。しかし、国家権力が改ざんを行うと、これが集団記憶として定着し、広範な合意形成が生じます。
- 集団記憶の強固化: 長い年月を経て積み重ねられた公式の歴史観は、国民の間に根強い記憶として残ります。たとえ後から矛盾が明らかになっても、その記憶自体が「正しい」として再解釈される場合があります。
- 歴史的事実の蓄積: 歴史的事実が後に指摘され、改めて正しい歴史観へと近づくプロセスは存在しますが、その変遷のスピードは個々の国民が抱く感情や認知に比べて遅いことが多く、すでに定着した集団記憶を覆すのは容易ではありません。
まとめ
国民が感情的に矛盾を承知の上で公式な歴史改ざんを受け入れ、さらにそれを真実として語るのは、以下のような複数の要因が絡み合っているためです。
- 国家アイデンティティの維持: 安定したナショナル・ナラティブが国民の心理的安心や連帯感をもたらす。
- 認知的不協和の解消: 自己の信念と矛盾する情報を合理化・無視することで精神的な安定を求める。
- 教育・メディアによる情報統制: 公式な歴史観が反復的に伝えられ、疑問視しにくい環境が整えられる。
- 集団記憶の定着: 長期間にわたる公式な歴史観が集団記憶として固定され、後の矛盾指摘が容易に受け入れられにくくなる。
これらの要因が、国家権力者による歴史の改ざんが表面化したとしても、国民が感情的・無意識のレベルでその改ざんを受容し、「これが真実だ」としてしまう理由を説明しています。